(四) 高校教師な日々

 実は、世の中に出るふんぎりのつかないわたしは、大学に研究生として残る算段でした。もちろん、作家として身を立てたいという希望は持ち続けていましたが、では明日からそれでやっていけるのかといえば、とてもそんな勇気は無かったのです。
 時はバブルの前夜、その気さえあれば、きっと時代が食べさせてくれたと思います。でも小心者のわたしは、仲間が劇団にもぐり込んだり、作家活動を開始したりするのを横目で見ているだけで、自分が勝負に出ることなど考えられなかったのでした。

 ところがわたし、親を説得するために受けた教員採用試験に、あろうことか見事合格してしまいます。
 相当倍率が高く「落ちたら研究生でいいでしょ」という言い方で、なし崩しに学生生活を続けようと目論んでいたわたしが、あれよあれよと言ううちに教職についてしまうのですから、まじめに先生を目指している方には本当に申し訳ないですよねぇ。

 まぁもともと教えることは嫌いでは無かったし、高校という環境が好きでしたから、教師になったことは正解だったのかも知れません。なってみればけっこう奥深く、思っていた以上におもしろい職業だったのです。

 まずはなんといっても生徒。 
 何の課題をやらしてもテーマは「馬」と決めている女の子とか、身を反らして自分の絵を眺めているうちに、そのまま後ろにひっくり返ってしまうやつ・・。ユニークな人材には事欠きません。そういう連中が、それぞれに作品と格闘している姿を見るのは、何故だかわかりませんが、とにかく心地よい経験でした。
 あるいは、こいつちょっとうまいじゃん、というレベルの子が、だんだん腕を上げて、やがてこちらの土俵に上がってきたりした時の、軽い驚きと戸惑い・・。
 少々照れくさいのですが、俺、こいつらのことを育ててるのかなぁという、父性的な感情がはたらくのかも知れませんね。

 それから教員ってのは何でも屋ですから、授業以外にけっこういろいろな仕事があります。事務系のこと、企画系のこと、広報の仕事や保護者とお酒のおつきあい。浅く広くではありましたが、添乗員からカウンセリングのまねごとにいたるまでいろいろやりました。
 このくらい幅広いのだから、一度くらい接待とか、交際費とかに関わってみたかったのですが、そういう話だけは、ぜんぜんなかったのが、心残りといえば心残りですね。 

 嫌なことがなかったわけではないですが、トータルでわたしの教員時代はものすごく幸せなものでした。
 修学旅行で集団食中毒にあうとか、学校にバイクで乗り入れた諸君とにらみ合うとか、特殊な経験もしつつ、なかなか変化にとんだ日々でした。今でもいくつかの学年の連中とは、たまに酒など飲む関係が続いております。