(参) 大学を出るまで

 まだまだ20世紀のことです。昔ながらの強引な指導が残っていたのか、はたまた学生あがりのアルバイト講師に、思いやりの心というものがなかったのか、とにかく予備校でわたしの絵は全否定され、ほとんどボロクソ(20世紀の表現だなぁ)にけなされました。
  いや、それどころか、同じ年の受験生からも(女の子でした)「君、この絵で、何がいいたいわけ?」なんて、はなで笑われて(実はもっとひどいこともいわれたのだけれども)、とにかく もうわたしの自尊心は壊滅状態です。


 今思うに、わたしの絵はそこまでひどくなかったし、もう少しうまい言い方や指導法もあったでしょう。しかしどのような形にせよ、いずれは向かい合わねばならない問題ではあったのです。

 確かにわたしは井の中のなんとかでした。世の中には、自分より才能と技能を持った奴がいくらでもいるものだと思い知らされて、調子にのっていた分ひどく落ち込み、ついでに胃をいためて痩せました。昼時になると腹がしくしく痛む高校生なんてのは、かなりしょーもないのですがね・・・。

 とにかく自分の、意外なほどの打たれ弱さに戸惑い、そしてわたしの生来の臆病な気質が、むくむくとわき上がったわけなんです。結局、美大にはなんとか浪人して入るのですが、その後の人生は、この思い上がりと落胆を往ったり来たりしているような気がします。

 そんなわけで、大学ではやや美術と距離をおいて、芝居にのめり込んだり、怪しげな絵本サークルを立ち上げたりして、お茶を濁しておりました。特に芝居の方は、体を動かすことのなかった自分にとって、驚くほど新鮮で、すこしばかり「お絵描き」から視野を広げてくれたと思っています。

 もちろん若いというだけで、無条件に楽しい日々ではありました。しかしなんとなく自分に対する自信の無さをひきずったまま、食っていくことを考えなければならない年になってしまいます。